#2 線香の香り成分の分析
線香の原料
図1-1)線香
今回は前回に引き続き、線香の香り成分の分析を進めていきます。
いったいどんな化合物が検出されるのか楽しみですね。
分析を効率よく進めるため、線香の原料をあらかじめ情報収集してみました。
店員 「はい、○○店です」
技術者O 「ちょっと教えていただきたいのですが、線香の製造で使用される原料はどんなものでしょうか。」
店員 「線香では香りの原料となる香木と、つなぎとなるタブ粉(粉末状のタブノキ樹皮)を使っています」
技術者O 「香木ってどんな種類がありますか?」
店員 「代表的なものではビャクダン(白檀)(図1-2)、ジンコウ(沈香)、キャラ(伽羅)となります」
というやり取りを通じて、線香の分析にあたり、香木も一緒に分析することで、線香の香り成分の特定がしやすくなると考えて、分析を進めていきました。
図1-2)白檀
(薫習館にて撮影)
線香&白檀の分析
この図では白檀と線香を重ね合わせています。
それらのピークがほぼ同じ検出時間に立っている箇所が確認されます(赤破線#a~c)。
このピークが白檀の香り成分と推定されますので、解析を行ってみました。
図2)線香と白檀のクロマトグラム重ね合わせ
線香&白檀で共通した成分
さきほどの#a~cのピークを解析すると次のような成分が共通して同定されました(図3)。
ピークの高さを比較すると、白檀香の主成分はα-サンタロールとβ-サンタロールで、微量にα-サンタラールが含まれています。
この結果から、線香には白檀が原料として使用されていることがわかりました。
では、これらの成分と香にはどのような関連があるのでしょうか。
まずは成分の構造的特徴から整理していきます。
図3)線香-白檀の共通成分
各構造の特徴(疎水性部と親水性部に区別)
水に溶けにくい性質の部分(=疎水性部)と
水に溶けやすい性質の部分(=親水性部)で区別していますので、
これらの特徴を直観的に探っていきます。
疎水性部はどれも輪のような環状構造と二重結合(▢)を有する特徴が見つかりました。
親水性部の方はヒドロキシル基(-OH)とアルデヒド基(-CHO※)を有することがわかりました。
それぞれの特徴が整理できましたので、次にその構造的特徴と香の関係を探っていきます。
図4)白檀の香り成分
疎水性部の構造と香の関わり
まずは環状構造と二重結合を有する香り分子について、身近な物からご説明します。
環状構造と二重結合を有する分子の香りとは?
環状構造と二重結合を持つ例として、 δ-カジネンをあげています。(図5)
これは杉やヒノキの主な香り分子で、木の香り(=ウッディ)を特徴付けるものとされています。
これと類似した構造を有する白檀の香り分子もウッディであることが想定されます。
親水性部の構造と香の関わり
次に親水性部に着目していきますので、
-OHや-CHOを有する身近な物で香りとの関連についてご説明します。
-OH、-CHOを有する分子の香りとは?
一般的に-OHを有する分子はみずみずしく花のような甘い香りで、 -CHOを有する分子は匂いが強く刺激的な傾向があるようです。
身近な物に含まれるものだと以下のような成分があげられます。
図6-1)ゲラニオール(バラの香り成分)
図6-2)2-デセナール(パクチーの香り成分)
これらを参考にしますと、
サンタロールとα-サンタラールは以下のような香りが生まれると想定されます。
図6-3)白檀の香り分子
興味深い点は、α-サンタラール(図6-3)とパクチーの香り成分(図6-2)を比較すると、同じ-CHOを持っていても、疎水性部において環状か鎖状かの構造的な違いによって、刺激的な青臭さからウッディへと香りが変わっていくことです。
複数成分による香りの効果
次に微量に有るα-サンタラールが香りにどのような効果を及ぼすのかについて考えてみましょう。
一般的には白檀の香りはウッディでやわらかい甘さのある香りとされています。
この香りの主成分はサンタロールでしたが、特に興味を持った点は、α-サンタラールの存在です。
この成分が少しだけプラスされることによって、より一層、サンタロールの香りを引き立てる効果があるのではないかと考えました(図7)。
例えば、塩キャラメル味を思い出してみて下さい。
塩を加えることで、より一層甘さを感じることができるようになります。
これは香りにも言えるのではないでしょうか。
白檀が多くの人から好まれる理由の一つとして、複数成分がバランス良く混ざることで香りに深みが増したからだと考えられます。
図7)α-サンタラールの有無で香りを比較
今回は香り成分の分析からその構造と香りの関連を一部紹介してみました。
次回もお楽しみください。