前回のあらすじ
線香Aからは白檀の香り分子(=サンタロール)が検出されて、線香aからはそれが検出されなかったことから、線香aは他の合成香料を使用して、白檀様に製品設計していることが推定されました。
線香aの解析を進めていくと、セドロールという香り成分が検出されましたが、サンタロールと構造的な類似性があるものの、香りは白檀とは異なるものでした。
今回もさらにGCMSの解析を進めていきましょう。
各線香の香り分子分析
線香aから検出されたピークの内、#bに着目して下さい(データ1)。
解析をしてみると、バグダノールという成分であることがわかりました(表1)。
この成分を調査してみると、バグダノールはローズ的な白檀の香り※がする合成香料と報告されています。
香りや機能性は分子構造と相関性があると言われていますので、バグダノールとα-サンタロールを比較していきましょう。
サンタロールとバグダノールの比較
構造的特徴を基に、3つの部分構造に分けてみました(図1)。
どちらの成分も構成や全体の構造が似ていませんか??
この特徴が香りの識別に重要なので、その仕組みを少し補足いたします。
鼻の中には香り分子と結合する嗅覚受容体があります。
それらは相性があり、固有の構造を持つ香り分子は、
その特徴に合った受容体と、選択的に結合していきます(図2)
この仕組みをふまえると、バグダノールとサンタロールは構造が似ているので、どの受容体と相性が良いのかも似ているのかもしれませんね。
白檀様の合成香料は、いくつか開発されていますので、興味深い効果を持ったものをピックアップしてご紹介したいと思います。
白檀様の各合成香料の特徴
※1 引用元
・サンダロアhttp://www.thegoodscentscompany.com/data/rw1026291.htmll
・バグダノールhttp://www.thegoodscentscompany.com/data/rw1009651.html
引用元
※2
https://www.jstage.jst.go.jp/article/faruawpsj/30/10/30_KJ00002924166
/_pdf/-char/ja
※3
http://www.sci.kumamoto-u.ac.jp/~irie/general%20chemistry%20II/2012/1016.pdf
それはサンダロア(表3–①)と呼ばれる合成香料です。現在主流の合成香料はこの分子骨格が基本とされているようです。
サンダロアとバグダノールの構造的な特徴を見てみると、部分構造Bでは単結合と二重結合の違いが見受けられます。
そして香り強度を比較すると、バグダノールの方が強いことがわかります。
二重結合を構成するπ結合の電子(図3)は動きやすい性質があるので、他の分子との吸着に関わるとされています(※2)。
さらに、二重結合部は回転不可(図3)(※3)とされているので、分子のゆらぎが抑えられて、より受容体に吸着しやすくなると推定されます。
これらによって、バグダノールと受容体の吸着力が増し、香りが強くなったと推定されます 。
これらのことから言えることは、若干の構造の違いが、香りに変化をもたらすことです。
ご存じの通り、合成香料は、お香だけでなくボディソープやシャンプー、食品など身の回りの多くのものに活用されています。
特にサンダロアについては、美容面において驚くべき効果が報告されていたので、ご紹介したいと思います。
サンダロアによる発毛促進効果
パウス博士ら研究チームは、ヒトの毛包上皮に嗅覚受容体「OR2AT4」が発現していることに気づいた。OR2AT4は過去の研究から、ビャクダン系合成香料「サンダロア(サンダロール)」の成分で活性化することが知られている。そこで、頭皮組織片をサンダロアで処理すると、毛包の角化細胞の細胞死が減少し、頭皮内の成長ホルモン分泌が25~30%増加した。
パウス博士らはその後、女性ボランティア20人を対象に、ごく短期間の臨床試験を実施。頭皮の一部にサンダロアを適用したところ、1日あたりの脱毛量に減少がみられたという。
引用元:https://www.newsweekjapan.jp/stories/world/2018/09/post-10996.php
ニューズウィークから抜粋
ニューズウィークの記事によれば、サンダロアには発毛促進効果があることが報告されていました。
鼻だけでなく頭皮にも嗅覚受容体があることは驚くべきことですが、サンダロアを頭皮に使うことで脱毛量が減少した効果は画期的な発見でした。
この情報からもわかるように、合成香料には新しい機能性を創造できるメリットがあることがわかります。
合成香料と社会の関わり
今回は白檀様の合成香料に関して、数種ご紹介しましたが、いかがでしたでしょうか。
機能の拡張性と大量生産が可能な合成香料は、人類が積み上げてきた科学技術の賜物だと私は感じます。
調査を続けていくと、インド産の白檀に関しては、インド政府が絶滅を危惧して伐採や輸出に規制を課していることがわかりました。
その政策を打ち出さないといけないほど、白檀が失われたということなのでしょう。
このような社会情勢を俯瞰してみると、合成香料の使用は白檀の消費を抑えることに繋がるのかもしれませんね。
しかし、現在の技術を駆使しても、サンタロールそのものを化学合成することは達成できていないようです。
それが成功すれば、白檀の消費をより一層抑えることができると思います。
今後、昨今話題になっているサステイナブルな社会を形成するには、科学技術を良い方向へ活かしていくことが不可欠なのではないでしょうか。
それと同時に一人一人の心がけが大切であることも補足させていただきます(図4)
次回も合成香料(#d)をご紹介していきますので、お楽しみに。