有機化合物には同じ組成式・示性式でも構造が異なる構造異性体が存在します。
類似分子構造の化合物を区別し、側鎖、置換基の結合位置や枝分かれ構造などの構造解明にNMR分析は有効な手法です。
RoHs対象物質で気になる、フタル酸エステル類を例に、分析結果とその原理をご紹介します。

可塑剤で使用されるフタル酸エステルなど


PETの原料であるテレフタル酸など
ベンゼン環上の隣り合った炭素に結合しているものをオルト位、2つ離れた箇所をメタ位、3つ離れた箇所をパラ位と命名されます。
溶液1H-NMR
1H NMRではケミカルシフトから官能基など構造の特徴、カップリングパターンとスピン結合定数から原子の位置的情報、また積分値からプロトンの存在比などの情報を得る事ができます。
ケミカルシフト
原子の置かれている電子的な環境が反映されます。電子密度が低いとチャートの左側(低磁場)、電子密度が高いとチャートの右側(高磁場)にシフトします。
右の酢酸エチルの例では電子吸引基であるカルボニル基に近い位置のプロトンのピークが低磁場シフトを起こしています。

カップリングパターン、スピン結合定数J
原子の周りに化学的に非等価な核種が存在するとカップリングという現象が起こります。
カップリングした原子のピークは隣り合ったプロトンの個数nに対して(n+1)本に分裂します。
また、その分裂の幅(スピン結合定数J)はカップリングをしている原子同士で等しくなるので、原子の位置的情報を得る事ができます。
右の例では、Aの隣に2つのプロトン、Cの隣に3つのプロトンが存在し、またAのピークとCのピークの分裂幅JACが等しいことから、AとCのプロトンが隣り合った位置に存在する事が分かります。

積分値
得られたピークの積分値を取ると、その比はプロトンの個数に対応します。この値から、それぞれの位置環境にいるプロトンの存在比を知ることができます。
右の例ではそれぞれのピークの積分値がA:B:C=3:3:2になりました。ケミカルシフト、カップリングパターンの情報と合わせてそれぞれのプロトンの位置を帰属する事ができます。

溶液1H-NMRによるフタル酸ジメチル構造異性体の同定

(オルト位置換)

(メタ位置換)

(パラ位置換)
フタル酸ジメチル(オルト位置換)


カルボニル基(電子吸引基)に近い位置のプロトンが低磁場シフトしている。
プロトンAとA’、BとB’は構造上等価である為ピークは2箇所観測され、それぞれオルトカップリング、メタカップリングによりシグナルは4本に分裂している。各ピークの積分値はAA’:BB’=1:1となる。
イソフタル酸ジメチル(メタ位置換)


カルボニル基(電子吸引基)に挟まれたCのプロトンが低磁場に大きくシフトしている。
またCD間でメタカップリングを起こす為C及びDのシグナルは分裂し、そのJCD値は一致している。
Eはメタ位にプロトンを持たない為オルトカップリングのみ観測される。
積分値はC:D:E=1:2:1となる。
テレフタル酸ジメチル(パラ位置換)


カルボニル基(電子吸引基)の影響でFのプロトンは低磁場シフトをしている。
ベンゼン環上の4つのプロトンFは構造上等価である為、カップリングを起こさない。従ってシグナルは分裂せず一本のピーク(シングレットピーク)として観測される。
有機合成、高分子合成において、狙った分子構造物を得られたのかの確認には必須の分析手法です。
医薬品、サプリメント、食品、繊維など、その特性効果・効能は分子団の置換基の場所や分子構造により左右されます。
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