#10 分析技術者ブログ Returns ~リービッヒ vs ツァイゼ~ はじめに タイトルを見ただけでは、何の話か全く分からないと思います。申し訳ありません。今回の話題は、金属錯体に関する歴史、エピソードです。約150~200年前の論争に関する話題ですが、お付き合いください。 金属錯体 = 金属の原子またはイオンとそれに結合した配位子の複合体。単に「錯体」という場合もあります。 私の普段の仕事は、機器分析業務であり、溶媒の濃縮や蒸留は滅多に行うことがありません。そのため、蒸留や濃縮用の器具は引出しの奥に埋もれています。先日、実験室を片付けていると、「リービッヒ冷却管」という懐かしいものを見つけました(外側の管に水を流し、内側の管を冷やすガラス器具です)。 この冷却管は、リービッヒが発明したものと思いきや、発明者は別人のようです。冷却管にリービッヒの名がついた経緯は不明ですが、化学界でのリービッヒの功績を称えてのことだと思います。 一方、リービッヒは、有名な金属錯体ツァイゼ塩(Zeise’s salt)の組成に関して、激しく意義を唱えた人物としても知られております。金属錯体の化学において、リービッヒの猛反論は語り草になっているので、紹介させていただきます。 リービッヒの功績 Wikipediaより引用 まずは、リービッヒの経歴、功績を簡単に紹介しておきます。(業績が多すぎて、網羅できない点についてはご容赦ください) ユストス・フォン・リービッヒ(Justus von Liebig)1803年~1873年 有機化学における主な業績異性体(分子式が同じでも、構造が異なる化合物)の概念の発見クロロホルムやアルデヒドの発見エチル基(C2H5-)の発見、ベンゾイル基(C6H5-C(=O)-)の発見 その他、化学肥料や生化学に関する業績も多数ホフマンなどの優秀な後進を指導私が述べるまでもなく、偉大な化学者であったことは、お分かりいただけると思います。 ツァイゼ塩とは ハウスクロフト「無機化学(下)」(東京化学同人)より引用 ツァイゼ塩(Zeise’s salt)は、組成式K [PtCl3(C2H4)]・H2Oで示される錯体です。 Pt2+にCl-が3個、エチレン分子1個が配位して、-1価のアニオンが構成され、そのアニオンとK+が塩を形成しています。 この錯体は、1820年代にツァイゼが合成し、後にツァイゼ塩と呼ばれるようになりました。当時は、分析機器も充実しておらず、ツァイゼが発表した内容に、リービッヒは激しく意義を唱え、「錯体にエチレン分子が含まれるなんて、ありえない」と一蹴していたそうです。 1868年には、錯体内にエチレンが含まれていることは証明されたようですが、正確な構造の判明はX線回折で解析するまで待たなければなりませんでした。 現代の化学では、オレフィンなどの有機分子が金属に配位するのは、珍しいことではなく、当たり前のように受け入れられています。ポリエチレン、ポリプロピレンの重合触媒であるメタロセン錯体も、金属にオレフィン類が配位するステップを経て進行します。 まとめ 結果的には、エチレンを含んだ錯体が実在したため、ツァイゼ塩については、リービッヒの失敗談、負の歴史と捉えられる面もあります。しかし、ツァイゼ塩が合成された当時の状況を考えると、「リービッヒが間違っていた」、「ツァイゼの示す証拠が不充分」など、簡単には評価できないと考えます。また、他の発明、発見におけるリービッヒの功績も決して色褪せることはありません。 いずれにせよ、200年近い昔の発見が、現代の触媒や錯体化学の基礎となっていることを考えると、昔の出来事を振り返るのも面白いと感じた次第です。軽い思い付き、ヒラメキから話題を提供してみましたが、器具や化学反応の名前に、人名がついていたら、その人にまつわる歴史、エピソードなど調べてみるのも、意外と面白いかもしれません。 マニアックな内容になってしまったかもしれませんが、ご容赦いただきたく存じます。それでは、次回お会いしましょう。 お問い合わせはこちらから 株式会社アイテス 品質技術部 TEL:077-599-5020 メールでのお問い合わせはこちらから