前回のあらすじ
線香aから検出されたガラクソリド(表1 #d)は、天然ムスク様の合成香料であることがわかりました。天然ムスクの主成分であるムスコンの性質(持続性など)や、ジャコウジカの国際取引に関わるCITESについてご紹介しました。
今回は、ガラクソリドについて深堀りしていきます。


ガラクソリドの構造的特徴と香りの特性


ガラクソリドは多環式ムスクと言われており、環状構造の繋がりが特徴です(図1-1)。
環状エーテルとベンゼン環は分子間の凝集に大きく関係しますので、それぞれの化学的性質についてご説明します。
・環状エーテル
元素の電気陰性度の差から、酸素は負に、その隣の炭素は正に帯電します。
・ベンゼン環
環内には動きやすい電子雲であるπ電子が存在し、その電子は分極による分子間力で他の分子と凝集する性質があります。
(π/πスタッキング効果)
これらの化学的性質をふまえると、ガラクソリド分子間の凝集はこのような状態になっていると推定されます(図1-2)
・香りの持続性
ガラクソリドの分子量は258なので、ムスコン(C16H30O 分子量238)より重いことがわかります。上記の化学的性質も要因となって、ガラクソリド分子間は凝集し巨大分子状態が続き、香りが長く持続すると想定されます。
この性質を活かして、ガラクソリドと併用すれば、他の香り分子の持続性を向上させる効果も発揮されると考えられます。
・香り
甘くフローラルなムスク香と言われており、ムスクの香りに華やかさをプラスしたようなイメージかと想定されます。
合成ムスクの種類

ムスクの香りを人工的に再現しようという試みは、18世紀から始まったとされています。合成ムスクには複数の種類があるので、いくつかピックアップしながら時代にそって順番にご紹介します。
・ニトロムスク(図2-1)
ベンゼン環にニトロ基を複数持つことが特徴です。
1888年に火薬を研究していたバウアーが偶然にもムスクのような香りをもつ物質(ムスクバウアー)を発見したとされています。それ以降、次々とニトロムスクが開発されていきます。
ニトロムスクの欠点は、難分解性による生体内や自然環境への蓄積、光によるアレルギー性皮膚反応の症例が報告されています。そのため一部のニトロムスクの使用は禁止されているようです。
・多環式ムスク(図2-2)
環構造の多さが特徴です、安価に合成ができるとされ、多くの化粧品に使用されているものの、難分解性の問題はあるようです。
・大環状ムスク(図2-3)
大きな環構造が特徴です。安全性が高く、分解性は良いものの、合成に手間がかかるので、製造コスト面が問題視されています。
・脂環式ムスク(図2-4)
環構造と鎖状構造が組み合わさっています。分解性が良く、他の合成ムスクより揮発性が良いタイプとされています。拡散性と持続性を両立させるために、大環状ムスクと併用されるようです。
合成ムスクの発見にさかのぼって調べていくと、人体への安全面や自然環境面、製造コスト面での課題が見受けられます。
・参考文献「香りの科学」
・参考URL
https://fragranstar.com/rawmaterial/musk/
社会のニーズの多様化
これまで数回にわたって、天然香料や合成香料をご紹介してきましたが、いかがでしたでしょうか。時代背景と関わりながら発展してきた合成香料の歴史や、その化学的性質をお伝えすることができたかと思います。
香料製品の人体への安全面や自然環境面、コスト面についての問題はこれかも課題として残りますが、その一方で、社会や消費者のニーズは多様化していきます。
透明性が求められる時代には、製品が店頭に並ぶまでの工程に対する適正(原材料の表示・安全性の適正、その取引方法の適正など)について、消費者の意識が高まりつつあります。
例えば、原材料の表示の適正では、パッケージに記載された原材料が製品に正しく配合されているのかどうかがあげられます。それを調査するには、原材料やその周辺の知識が必要となります。
線香の場合、白檀の成分であるサンタロールの有無を確認することで、白檀が使用された線香であるかどうかを見極めることができます。その一つの手段として、GCMSによる成分分析をご紹介しました。
次回は複数の白檀を分析していきながら、原材料に対する知識をさらにご紹介していきます。お楽しみに!